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昔ラグビーをしていたオヤジの影響ですね。一般の家庭で見るナイター中継と同じ感覚で、当時地上波で放映していたラグビーを観ていました。その頃、新日本製鐵釜石ラグビー部(現・釜石シーウェイブス)がV7していて、そのチームにいた松尾雄治さんというプレイヤーに憧れていましたね。僕は大阪で育ったんですが、周りはみんな阪神タイガースを応援している環境。もともと、周りの人間と同じことはしたくないって意識があったから、そういう意味でもラグビーと僕はとても相性が良かったと思います。
深く考えないようにしていましたね。真っすぐやってそういうことが起きたことは、とても残念だとは思いますけど。僕の場合、ケガをしてもラグビーに対する気持ちが切れていないので、またトライすることができたと思います。
ポジティブな考えとはちょっと違います。前を向くことも大事ですが、困難を乗り切るために大切なことは、自分のことを信じること。少しの可能性でも自分を信じてチャレンジすることで次につながると思います。自分の可能性は人に作ってもらうことでもないし、自分の殻をやぶることは自分にしかできない。確かに方向性や可能性を見出してくれるのは周りの人間がやってくれるかもしれませんが、それを突き抜けて1歩進めるかは自分の心意気ひとつ。僕に関しては、プライドをもって今までどんな困難でも乗り切りチャレンジしてきたと断言できますね。
神戸製鋼でキャプテンをやっていましたが、いまいち結果がでていなくて。1年前、チームのことを含めて、色々と考えてましたね。チーム内では若い人との間に溝ができていて。みんなでチームを強くしようという当事者意識がそれぞれになく、どこか人任せな雰囲気が漂っていました。自分がチームにいることが原因なのかと悩み、いっそ若い人達に全てをまかせ、一新した方がいいと思ったそんな時でした。若い選手の何人かが「キャプテンをやめたとしても、チームに残ってくれることが僕たちにとっては力になるんです」と言ってくれて。そういう奴らがいると「じゃあ俺辞めるわ」と自分本位の考えは言えないですよね。
それなら今度は自分の身体だけと向き合い、後1年やってみようと思いました。とことん燃え尽きて、燃えカスが残らないまで悔いなくやろうって。そして、今はほんとにやりきったと思います。今は生まれ変わってもラグビーをやりたいとは思わないですから。
僕は16年前、阪神大震災という大きな災害を受けた地域でラグビーをしていました。当時直接被災したわけではありませんが、あの震災から3年後には神戸製鋼でラグビーをやり始めて。その当時、まだまだ復興中の時期でしたが、僕はラグビーを通してこの町の人に元気を取り戻してもらおうと思いプレイしてきました。でも、実はその逆。町も人々もまだまだしんどい状況にも関わらず、困難に立ち向かう彼らの姿に、僕達の方が逆に勇気をもらっていました。そしてそれをもらった僕達がまたプレイすることで被災した人達に喜んでもらえることが嬉しかった。そういうことも含めて、できる人間が自分のできることをするということはとても大切だと思います。
今は辞めた直後なので、時計の針が止まった感じ。でも何か他のスポーツをやってみたいですね。僕自身何度もケガで悩まされた経験があります。でも大きなケガをしても、僕のように気持ちが前に向いていれば新たにこういうこともできるんですと、そういったメッセージも発信できる人間だと思います。
実は僕、ついこの間まで病院に入院していました。よく考えると、今年に入って2ヵ月くらいは病院にいましたね(笑)。今までケガも多くて入院生活の辛さは肌で実感しています。でもネガティブになって「何もできない」と投げやりになるのはダメだと思います。辛くても自分が回復していくにつれて前に進んでいることを感じれば気持ち的に明るくなっていくと思います。 |