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正直、高峰さんを存じなくて。台本と資料を頂いて、そこから実際に目にしつつ調べていったのですが、そこで初めて偉大な人物だと知りました。調べていく内に、アドレナリンやタカヂアスターゼなど、昔の本なんかによくでてきたものが、この方の発見だったということにも驚きましたね。ワシントンで咲いているあのサクラも高峰さんが尽力したもの。明治時代の日米友好の懸け橋となって活躍した存在にも関わらず、私達日本人はほとんどその存在を知らないのですから、何とも残念な気がします。
実際に生きていた方を演じるのは難しいですよ。それも百年前ですからね。資料と照らし合わせたり、想像したりして。高峰さんはアメリカに渡って成功した化学者なんですけど、映画では化学者として成功したあとの物語なので、人間らしい迷いや強さを持ちながら、日本人のプライドと気高さ、そういうものをなんとか頑張って演じられたかなと思います。
日本はあらゆる国難にあったとき、国のために自分を捨ててやってきた人達に支えられてきて今があるということを、この映画を見て分かって欲しいと思います。東日本大震災が起こった今、もう1回僕らもシャキッとしなければならないと思いましたね。
この映画は日系人のプロダクションで作ったのですが、日系人が日系人のために、日系人の映画を撮ったというのは初めてのことなんです。日本は第二次世界大戦後、戦争に負けてしまいましたから大人しくしなければならず、中国人や韓国人とくらべると日系人は団結することもできずひっそりと潜んでいた。でも戦後から時間が経ち、今こそ、日系人は自分たちの誇りを取り戻さなければならない時期だと思うんです。この映画を観て、アメリカという国で日系人が活躍していた事を知っていただき、自分達のアイデンティティを取り戻してほしいと思いますね。
当時の既成の教育にうんざりしていました。松下村塾(※1)みたいな不良の大人たちがいるところに行きたくて、その時ちょうど今村昌平(※2)さんが塾(現・日本映画大学)を作ってそこに入ったのがキッカケです。2年間したが、最高の学校でした。先生といっても現役のスタッフの方々が多かったのですが、彼らから受けた恩義のためにも一生映画製作に携わっていこうと思っています。
※1 江戸末期に長州藩士の吉田松陰が講義した私塾。
※2 楢山節考や『うなぎ』などカンヌ映画祭でパルムドール賞をとった作品を撮った日本を代表する映画監督。
僕が34、5の時に出演した『101回目のプロポーズ』(※3)ですね。俳優として世の中に出してもらえたので、ありがたかったです。このドラマ以後、断れないのでありとあらゆるものをやってきました。それこそ、物まねバトルまでやっていましたよ(笑)。そっちの方に進んでしまいそうだったので、途中でもういいと言ってやめましたけど。
※3 フジテレビ系列で放送した武田鉄矢さん主演ドラマ。長谷川さんは、武田さんの恋敵の役を演じた。
定期的に運動することですね。ジムに行っているのですが、運動後にアミノ酸やビタミン、コラーゲンなどを飲んでいます。舞台にもでているので、アスリートのような身体にしないとね。
食べ物にも気をつけています。ときには食べなければいけない状況もあると思うんですけど、できるだけ油ものを摂らないようにしています。バターをとらないで、オリーブオイルでパンを食べるなど、血液にいいことはしたいですね。
この映画の最後は「トライ、トライ、アゲイン」という言葉で締めくくるのですが、どんなに困難にあっても決して諦めてはいけないことが肝心だと思います。
実は僕は20年間重度の喘息患者で生きていること自体が奇跡だと医者に言われるほど。医者に難しいと言われても、苦悩を乗り越え決して自分を見離さないで生きることが大切だと思います。こうして今は好きな映画や舞台に出てられるようになっているんだから。どんな絶望でも乗り越えれば、人生ってプレゼントがあるのかもしれないですね。
僕の中には「今」だけがある。過去にとどまっているのはどこに自分がいるのか分からなくなるのでやめた方がいいですね。今を一生懸命やることでそれが未来につながることになると思います。
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